愛の形
緒方真司とすみれの息子、緒方葵が扉のところに立ち、これ見よがしに手のひらの十字架のペンダントを見せつけている。
「こんにちは、葵くん」
「不法侵入だよ、オッサン」
恭介が記憶をなくしてからというもの、葵は下品な言葉遣いをするようになった。
記憶のない間は「ただの下品な子」としてしか映らなかったそれが、今は痛ましく思える。
「返してください、葵くん」
「いやだね。母の形見だ」
つい、焦って「返して」と言ってしまったが、葵が気がついた様子はない。恭介が手を差し出しても、葵は一歩も踏み出さない。
仕方なく恭介が歩み寄ると、葵は後ずさった。
「何を企んでいるか知らないけど」
キッと恭介を睨み据えて、葵は言う。
「アンタに『すみれ』は渡さない」
泣きそうな葵の顔が、記憶の中の真司と被った。
*****
名賀暁の娘、朝陽が物心ついたとき、すでに母はいなかった。
しかし、朝陽が母の存在について父に訊ねたことはない。
――自分以外の者の幸せなんて、迂闊に願うものではない。
「朝陽」
葵の手を握り締めていると、葵が目を覚ましてしまった。
「葵」
「なに」
「巻き込んでごめん」
朝陽の声に、葵はきょとんとしている。
そのカオ、緒方のおじさまにそっくりよ。そう言いたくなるのを堪え、朝陽は葵の手を握りなおす。
「あのさあ、朝陽」
6歳年下の、ひとりっこの朝陽にとって、弟のような存在が気難しい顔を作っている。
「俺、巻き込まれたわけじゃない」
葵の胸に光るのは、母の形見のペンダント。
――ずっと昔、恭介がくれたものだ。