愛の形
「僕は、ここにいる。瑞樹の傍に、いる」
「そうか」
真司は、自身が妻を亡くしたときのことを考えていた。
思い出せないのだ。
あの頃のことが。
妻、すみれが亡くなり、息子たちがちょろちょろし、真司は呆然としていた。
葵と茜が生まれ、どこか安堵している自身を、真司は感じていた。
もう、恭介と恋仲に戻ることはない。
本当の人生を手に入れたと思った。
息子と娘が、僅かなりとも恭介と同じ血を分けていることは、真司に仄暗い快感を齎した。
葵を初めて抱いた恭介を見て、真司が微笑んだ本当の意味は、すみれも恭介も知らないに違いない。
でも。
――すみれさんに死んで欲しかったわけじゃない、と真司はそっと唇を噛む。
もう二度と手に入らないであろう恭介との日々を、すみれに重ねていたわけではなかった。
すみれとの日々は、真司に多くの発見と喜びを与えてくれた。
すみれの亡くなったあの日、真司の心を占めたのは、呆然とするよりも、すみれと真司を引き合わせた「樋山恭介」という存在そのものへの憎しみだ。
「緒方」
ぼそり、と秋一が口を開き、真司は現実に引き戻された。
「どうした」
「僕たちの話を、聞いてくれ」
妙にはっきりした声で、秋一が言う。
真司は躊躇った後、首を横に振った。
*****
恭介が真司を拒絶する前々日。
恭介は真司の部屋に居た。
不法侵入である。
鍵は、以前、住んでいたときのものを使った。
別れを告げる前に、どうしても確かめたいものがあった。
「探し物は、これ?」
ふいに後ろから声を掛けられたが、恭介は慌てることなくゆっくりと振り向いた。