旅の終わり | ナノ

愛の形

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「何をですか」
 瑞樹の恋人であり、恭介のクラスメイトでもあった岸本秋一は困惑したように目を逸らした。
「瑞樹は、きみのことを」
 そしてまた、秋一は口を噤んでしまう。
 その様子に、恭介は不謹慎と分かっていながら、思わず頬を緩めそうになった。
「きみ」、だって。
 あの粗暴な秋一が。
 穏やかに言葉を選んでいる。
 恭介や真司のように子がなくても、瑞樹が生きた証を今、恭介は見ている。
 たまらなく、嬉しかった。
「ホモの言うことなんか、信じない」
 秋一の表情が暗く強張ったのを見て、恭介は心の中でひっそりと謝る。
「俺の大事な幼馴染を誑かして」
 秋一、ごめん。
「親不孝させて」
 秋一、ごめん。
「挙句の果てに、死なせた。生きた証も残さないまま」
 瑞樹、ごめん。
 きみの大事な人を、俺は傷つける。
 恭介の棘に、秋一は薄く唇を開いた。
 しかし音が洩れることはない。
 秋一は恭介に背を向けた。
「お前が言うのか」と嫌味ひとつ、恭介に投げかけないまま、秋一はその部屋を去る。
 法律による契約がないふたりは、同じ墓にも入れず。
 秋一は、瑞樹を見送ることも許されなかった。
 ――すみれちゃん。
 恭介は従妹に呼びかける。
 恭介が愛する者の妻となった、最愛の従妹。
 ――すみれちゃん。すみれちゃん。
 ありがとう。
 本当に、ありがとう。
 真司が生きた証を残してくれて、ありがとう。
 俺は今、やっと、自分の選択が間違っていなかったと言える。
 天国にいるであろうすみれちゃんに、どれほど罵られようと八つ裂きにされようと構わない。


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