知ってたよ、全部
姫が自身へ懸想する男を陥れたところまで見届け、魔法使いは水晶を闇へと隠した。
最近、おもしろいものばかり見せる。
甥が男に好意を抱いたり抱かれたり。
姪が感情の捌け口を壊したり。
――過ぎた娯楽は体に毒だ。
「で、あんたは遅かったね?」
久し振りに会う義兄へ振り向くことなく呼びかけても返事はない。
「あんたにできることはなにもないよ。むしろ、なにもするな。もう、失いたくはないでしょう?」
「お前は、恨んでいるか」
「誰を」
「お前の姉と、姪を」
「さあ。そんな俗っぽい感情、どっか行っちゃったよ」
なにが悪かった?
薬の案を思いついた姉?
それを実現する才能を持った自分?
実現してしまった、自分?
薬を渡してしまった、自分?
自分を責め続けるのは気持ちがよく、上がりそうになる口端を魔法使いは溜め息と共に緩める。
「俺はあんたを恨んでない」
「当然だ。俺は恨まれることをしていない」
本当にむかつく男。
「汎をどうするつもり」
「殺す気はない。あれがいなくなれば、流を止める者はなくなる」
馬鹿な人間が権力をもつとこれだ。
あの我儘姫の感情次第で汎の生死が決まってしまうなんて。
「あんたさ。なんで、俺を殺さなかったわけ」
「理由がない」
「ふうん」
なあ、俺さあ。
あんたに好かれてた?
口にするのも馬鹿馬鹿しい想いの代わりに、この海を治める馬鹿王を振り返る。
「あんたさ、本当に変わらないね」