四季の都 | ナノ

たとえば、魔法使いの毒薬

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 魔女の毒薬だと禍々しくて。
 魔法使いの毒薬だと心躍るのはなぜだろう。

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 あの日以来、流は一言も口をきいてくれない。
 汎もショクを心配そうに見つめるだけで、何も言わない。
 だから、流の姿を見かけたときも、見ないふりをするつもりだった。
 そこが魔法使いの棲家へ続く道だと知っても、なお。
 流が毎晩、水上へ出て城のある砂浜を眺めていることも、今、何を求め、魔法使いのところへ行こうとするのかもある程度、知っているし、わかっている。
「夜遅くに、男性の部屋へひとりで行くのは慎みなさい」
 実際には、阻んでしまったけれど。
 妹は目を合わせようとはしなかった。
 脇をすり抜けようとする腕を掴むと振り払われた。
 掴み、払われの無言の攻防がしばらく続き、やがて妹は引き返した。
「あーあ、残念」
 その背が見えなくなると、魔法使いの笑みを含んだ声がショクを包む。
「ショクはどうする? 欲しい? 俺、一応、準備してたんだけど」
 誘惑を振り切るように、振り向かぬまま泳ごうと上半身を前に倒せば、肩を掴まれ、引き戻される。
「人間たちに復讐、したくない?」
「無意味だ、そんなの」
「道徳的な答えなんていらないよ。俺はきみの心に訊いてんの」
 父の幼馴染にしては、幼げに見える魔法使い。
 母を巡って袂を分かったのだと聞いている。
「俺は、憎いよ。あいつらが」
「では、自分でそれを使えばいい」
「へえ。これが何か知ってんの」
 人魚は、人間に愛されることによって300年の寿命を人間と同じ50年にする代わり、魂を得ることができると言われている。
 短命で次を望むなどなんと卑しい考えであろうか――なんて、生まれ変わりの叶わない人魚たちの伝承は、人間への侮蔑をもって語られる。
「ま、あんまりいじめるのもかわいそうかな。お察しの通り、人間になる薬さ」



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