手放す者
半年ほど前、夏の都にひとりの男が流れ着いた。
領主と彼は恋に落ち、そして領主は部屋に閉じこもるようになった。
領民を憂えた領主の近衛は彼に刃を向け、追放された。
風の噂では、右耳に橙のピアスをつけているという。
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裁かれたのは、殺人未遂だからだ。
領主の恋人を討とうとしたからではない。
瑞樹が刃を向けたのが柚葉であったとしても、裁かれた。
誰も信じようとはしないけれど、と瑞樹は胸の内で呟き、見覚えのある大樹の根にずるずると腰を下ろした。
逃げ回って1ヶ月。よくぞここまで生き長らえたものだ。
たとえいつか捕まるとしても、ここまでは逃げてきたかった。
――会いたかった。
ふと、傍に人の気配がしたが、もう目も開けたくない。
口元から水が流れ込んできた。
うっすらと瞼を開けた先の秋一の表情は硬かった。
「食事と風呂、どっちが先だ」
懐かしい台詞に笑いたいのに、表情筋がうまく動かない。
「あのとき“君がいい”と言ったらどうなってたかな」
「ふざけるな」
「ああ、今言ってもいいんだけど」
「食事だな」
細かく千切られたパンが差しだされるので、口を開いた。
随分と、優しくなった。
「急にいなくなってごめんね」
「別に」
「あと、もうひとつ。ピアス、一個なくしちゃったんだ」
「ここにある」
「あれ? 本当だ、すごいな」
ぼさぼさの髪と伸びた髭。川で体を洗っていたから臭いはしないものの、不審者そのものだ。
「ねえ、秋一。スープも欲しいな」
「……まずいと酷評されるのがわかってるものを出す者はいない」
「俺が食べたいんだって」
秋一は泣きそうな顔をしていた。
「ほら、ね? お願い」