四季の都 | ナノ

手放す者

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 半年ほど前、夏の都にひとりの男が流れ着いた。
 領主と彼は恋に落ち、そして領主は部屋に閉じこもるようになった。
 領民を憂えた領主の近衛は彼に刃を向け、追放された。
 風の噂では、右耳に橙のピアスをつけているという。

*****

 裁かれたのは、殺人未遂だからだ。
 領主の恋人を討とうとしたからではない。
 瑞樹が刃を向けたのが柚葉であったとしても、裁かれた。
 誰も信じようとはしないけれど、と瑞樹は胸の内で呟き、見覚えのある大樹の根にずるずると腰を下ろした。
 逃げ回って1ヶ月。よくぞここまで生き長らえたものだ。
 たとえいつか捕まるとしても、ここまでは逃げてきたかった。
 ――会いたかった。
 ふと、傍に人の気配がしたが、もう目も開けたくない。
 口元から水が流れ込んできた。
うっすらと瞼を開けた先の秋一の表情は硬かった。


「食事と風呂、どっちが先だ」
 懐かしい台詞に笑いたいのに、表情筋がうまく動かない。
「あのとき“君がいい”と言ったらどうなってたかな」
「ふざけるな」
「ああ、今言ってもいいんだけど」
「食事だな」
 細かく千切られたパンが差しだされるので、口を開いた。
 随分と、優しくなった。
「急にいなくなってごめんね」
「別に」
「あと、もうひとつ。ピアス、一個なくしちゃったんだ」
「ここにある」
「あれ? 本当だ、すごいな」
 ぼさぼさの髪と伸びた髭。川で体を洗っていたから臭いはしないものの、不審者そのものだ。
「ねえ、秋一。スープも欲しいな」
「……まずいと酷評されるのがわかってるものを出す者はいない」
「俺が食べたいんだって」
 秋一は泣きそうな顔をしていた。
「ほら、ね? お願い」


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