四季の都 | ナノ

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 間諜として自警団に入ったはいいが、優秀すぎるのも考え物だ。
 夕食時、うっかりと千秋(チアキ)の口を突いた言葉は、案の定妻に笑い飛ばされた。
「本当に優秀なら、才能を隠し通すに決まってるじゃない」
 それもそうだ。さすが妻は、頭がいい。
 率直な指摘に千秋は落ち込みつつ、安堵した。
 弱気になっている自分を自覚していただけに、いつもと変わらぬ妻の存在は頼もしい。
「大丈夫だよ、千秋。みんなを裏切ってなんかない」
 妻は千秋の瞳をまっすぐに射て、微笑む。……ばれていたのか。
 抱き締められて、妻の顔は見えなくなった。
 そして初めて、自分の体が震えていたことに気づき、千秋は申し訳なく思う。
 いつの間に、これほど弱くなったのだろう。
 嘆息すると、背を撫でられた。
 その手を掴み、少しだけ首を動かして妻に口付ける。
 同志である以前に、伴侶なのだ。もっと、妻を守れるようにならなくてはならないと千秋は密かに決意を新たにする。
 大陸にある4つの都のうち、最も貧しく、治安の悪いといわれる冬の都。
 その未来を憂い、いつしか同志たちが集った。妻はそのうちのひとりだ。子も生まれた。
 家族の存在により、この都をよい場所にしたいという思いが千秋の中でますます強くなったとき、昇格が決定したのだ。
「おめでとう、自警団長」
 それは、冬の都で4番目の地位を意味する。
「……ああ」
 明日は、任命式だ。

* * *

 領主の部屋に、ふたりきり。
 まったく嬉しくないが、領主の言葉をもらうまでは千秋も勝手に退室することもできない。
 執務用の椅子に座り、机上の書類に書き込みを続けている領主は、入室時に一瞥を寄越しただけで、それ以後は千秋に見向きもしない。
 だから千秋は最敬礼をしたまま、つまり、床と睨めっこが続いている。
「ねえ」
 領主が寄ってきた気配と共に、顔を覗き込まれる。
 これほど間近で見るのは初めてだ。
 線が細く、健康そうには見えない男。
 冬の都の領主、冬都渚(トウトナギサ)。冬の都に悪政を敷く者。
 いずれ屠ってやると千秋が内心で考えていることなど思い至ってないであろう渚は微笑を浮かべている。
「ねえ」

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