人間嫌いの王子様
聞いたことがないほど低い、樹の声。
「僕は復讐をしたいわけではない」
「綺麗事だ。先代の姿を求めて、あなたはいつも泣いていた」
「……僕の父を殺したのが人魚であるなら、僕を救ったのも人魚です。あの誕生日パーティの日」
それにしても、この人間たちは頭がおかしいのだろうか。
人魚なんて、実在するはずがないというのに。
カイがじいっと樹を見つめても、今は表情を読んでくれなかった。
「それは違う! あなたを救ったのは、春の都の、領主の娘です!」
樹の師の声に、カイの中の、なにかが動いた。
「いきなり、なにを……。彼女の男嫌いは有名じゃないか」
樹は呆れ顔で師を見ている。
しかし、樹の師は必死に進言しようとしていた。
「彼女は、泳ぎを得意としております! あの日、春の都の領主が見合い話を持ってきたのです。あなたの誕生日に合わせて……。嫌々ながら、彼女もついてきておりました」
「はっきり言いますね……」
会話のひとつひとつが、カイの脳の底を引っ掻く。
「偶然散歩していた浜辺で、船が沈むのを見た彼女は人命救助のため、男嫌いであるにも関わらずあなたを助けたのです!」
「なぜ今、それを言うのですか」
「今まであなたはこの人魚につきっきりで、私どもから逃げていたからではありませんか! 彼女はあなたが息を吹き返しそうになったとき、慌てて城に戻ったそうです。男と話したくないから」
だったら見合いすらできないんじゃないか、と樹が心の中で思ったとき、カイはそれどころではなかった。
目を開いているにも関わらず、ぼんやりと浮かんで見える、人魚たち。
海の底の城。
奔放な妹と、彼女に焦がれる幼馴染と、厳しいけれど優しいと思えなくもない、父王。
魔法使いの棲家。
魔法使い。
人間になる薬。
――薬?
人魚に戻る薬は、どこだ。
記憶が、脳を塗り替えていく。