人間嫌いの王子様
樹の師である男は、まったく笑っていなかった。
そして突然、切りかかられた。
カイの目にはそれが、とてもゆっくりな動きに見えた。
樹のときよりも、余裕を持って剣を弾いたカイは、険しい瞳でこちらを睨む男に一礼し、樹の肩を叩いた。
「あ、はい……。カイさん、すごいですね。僕、夏の都で二番目に強いんですよ。ちなみに一番はこの先生です」
砂を掃いながら立ち上がる樹に手を貸し、カイはとりあえず頷いた。
「カイさん、あなたは本当に記憶がないのですか」
男がぽつりとカイに問う。
カイははっきりと頷いた。
「そうですか」
男は不信感を隠そうともせずに、ただ、そう言って城へと引き返した。
「今日は、一日ゆっくりしてもいいですか?」
にこっと笑う樹へ、カイは頷く。
樹といると、苛々し、どきどきし、そして、落ち着く。
*****
『遭難者を装って領主に危害を加えんと近づく者あり。ただちに捕縛せよ』
夕食後、寝台に転がりふたりでのんびりしていると、樹は「今日は一度も本を読みませんでしたね」と言うなり、図書室から一冊の本を持ちだしてきた。
表紙には、上半身が人間、下半身が魚の、恐らく女性の絵が描かれていた。
「人魚姫。昨日、カイさんに聞かせたかった話です」
カイさんが寝る前に読みますね。
枕元に置き、いたずらっぽく樹は笑う。
「じゃあ、先にお風呂へどうぞ。その間、僕は復習しています」
何かがひっかかる。
しかし、促されるままに風呂に入り、あがったときには、カイはすっかり本の存在を忘れていた。
部屋に、樹がいない。
待とうと寝台に寝転ぶとうとうとし、もう諦めて寝ようとする直前、なぜだか先程の絵が思い浮かんだ。