人間嫌いの王子様
首を横に。
樹は苦笑しただけだった。
昨日の傷はくっついたらしく、目を凝らさなければわからないほどの薄い線がひと筋あるのみ。
「あのくらいの傷では、誰も手当などしませんよ。僕は男です」
カイの視線に気づいた樹が、「でも、実は薬を塗ったんです」とこっそり悔しそうに白状した。
「あなたが、遭難者のカイですか」
ふいに背後から掛けられた声の主を振り返る。
「おはようございます、先生」
落ち着き払って礼をとる樹に倣って、カイも一歩下がって礼を取る。
「なんでも、声が出ないとか」
樹とカイの礼へ返してから、鋭い視線を寄越す男。
カイは一度、頷いた。
「あなた、樹と戦ってみなさい」
「え、そんな、先生――」
「最近、弛んでいるから、昨日もあんな技を避けられなかったのです。ほら、樹も剣を取りなさい」
「カイさんは、戦えるかどうかもわからないのに」
「あなたの目は節穴ですか。あの腕の筋肉のつき方、見たらわかるでしょう」
「でもっ!」
差し出されるまま、男から剣を受け取ったカイは、外野の声など聞こえない。
なんだか、喜びに近いものが込み上げてくる。
カイが素振りをすると、樹も諦めたように剣を取った。
「では、始めっ!」
どちらも構えもとらないうちにいきなり合図が掛かる。
樹にカイを傷つける気はなく、早目に終わらせようと踏み込み、先程までカイの首があった場所に剣を突きつけた――はずが、カイの姿がない。
樹が体勢を立て直す前に、カイは下から剣を弾き飛ばした。
これで止めを刺せば――「そこまで」
カイの背中がぞわりと粟立つ。
首だけを動かして振り返れば、背中に剣が突きつけられている。
あと少しだったのに。
――あと少しだったのに?
「カイさん、私と勝負をしましょう」