人間嫌いの王子様
「彼女をこの海域で多発する海難事故の原因だと信じた人間たちは、姉上を矢で射たあと、その遺体をばらばらに引き裂いた。そのせいで、泡に還ることもできなかった……。どう、流。これでも、きみは人間が好き?」
王、魔法使い、ショク、汎で流へ隠し通してきた事実。
いつか人間を赦せるようになりたいとの願いを込めて。
しかし、ふたりを地上へ送り出してしまった魔法使いは箍が外れてしまったのだろう。
「汎は、知ってたの」
「……ああ」
「にいさまは? お父さまは?」
流の、冷静なようで詰問する響きに汎は顔を背けた。
それが、答えだった。
「ねえ、叔父さま」
たぶん、最初に願ったのとは、違う、瞳の色。
「わたしにも、薬を頂戴」
魔法使いは、ニィと口端を吊り上げた。
*****
声は出ない。
読み書きもできないから、正確な意思疎通ができない。
物の名前も用途も知らない。
記憶も、ない。
ないない尽くしに苛々しながら、それでも何か手掛かりになるものを探すために樹と図書室に籠る日々。
相変わらず樹に音読してもらっているが、感謝の気持ちが薄れていく。
地名関連は出尽くしたので、各地方の歴史を紐解いている。
昼間はカイに付き合い、夜が更ければ一緒の寝台で眠る。
かと思えば、夜中にこっそり起きて明け方まで帰ってこない、樹。
恐らく、カイに掛かりっきりであったがために、できなかった仕事を片付けるために。
こいつに休息なんてあるのだろうかと樹をじいっと見つめれば、「仕事はちゃんとしているので安心してください」と見当違いの答えが返ってきた。
「――っけほっ」
考え事をしていたら、樹の咳きで現実に引き戻された。
自分の都合で付き合わせているのに、ぼーっとしてしまったことをカイが後ろめたく思っていると、樹はにこりと微笑んだ。