人間嫌いの王子様
樹の表情が曇ったことに気づいたカイは、自身の余裕に呆れた。
――他人の表情を気にしていられるなんて。
「じゃあ、カイさん。音読していきますから、気づいたことがあったら、おっしゃってくださいね」
すぐに温和な笑みに切り替えた樹は、本を一冊、手に取った。
地名であるらしいことは樹のイントネーションでなんとなくわかるのだが、そこがどこに位置し、どんなことで有名であるかなどはさっぱりわからない。
白に近かった陽光は、いつしか黄色に代わり、真っ赤になって、闇に呑まれた。
「ああ、もうこんな時間ですか。さすがにお腹が空きましたね」
にこっと笑い、今日はここまでにしましょうとカイを促す。
どうやら、とんだお人よしに拾われてしまったようだ。
斜に構えて考えていたカイは、自分もまた柔らかい笑みを浮かべていることに気がついていなかった。
*****
魔法使いの唇から小さな泡のように零れる言葉を、汎は直視できなかった。
「姉上は、ずっと陸に憧れていた。だから、この薬を作った。――あのときは、まだ王になる前のあいつが海辺であの人間を殺し、その血を姉上に与えた。さすがにここまではきみでも知らなかったでしょう?」
頷くことも、できない。
「罪悪感に駆られた姉上は、まともに恋もできず、あんな下衆に絡め取られて――ショクが生まれた」
俺がこの薬さえ作らなければ。
魔法使いの声が、どこか遠くに聞こえる。
だから汎は、いつしか隣にいた流の耳を塞いでやることもできなかった。
「姉上は立派だった。遭難した船を導き、溺れる者を助けた。この海の掟を破ることであっても、それが、償いになるならばと。汎、流、どう思う。俺は、薬を作った自分よりも、人間どもが憎いよ」
「……やめろ」
人間は愚かだった。
船を先導する王妃。
「姫の前で、それを――ッ!」
取り憑かれたような瞳の魔法使いは、汎の叫びに気づかない。