四季の都 | ナノ

人間嫌いの王子様

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 かわいい妹の想いを断つため、その想い人を亡き者にせんと、なんて、軽薄な思考。
「あの馬鹿男の血を引いたからだろうね」
 ひとりで勝手に結論を出し、汎を振り返る。
 これ見よがしに巻貝を振ることも忘れない。
「俺に危害を加えたら、ぱりん、だからね。ショクは海に戻れない」
「そんな脅しを言わなくても、わかってる」
 怒りを押し込めた声で、汎はじりじりと魔法使いとの距離を縮める。
「ショクは今、どこに?」
「きみも見ていた通り、人間の小国の王に拾われていったよ。そんなに怖い顔しないでほしいなあ、ちゃんと無事だからさ」
 ほら、と月光を浴びた水晶を指し示すと、仲睦まじく笑い合っているふたりの様子がぼんやりと浮かび上がる。
「流は人間を愛し、ショクは人間を厭う。なのにほら、ご覧。記憶さえなければ、こんなに短時間で親しめるものなんだね」
「御託は結構です。今すぐ、あいつを海に返してください」
「それは無理」
「……どうして」
「ショクの愛した人間の心臓の血を、薬に注がないといけないから。もっとも――あの子は尾びれを失った苦しさにもがいたとき、その薬を手放しちゃったけどね」
 血の気が引いて吐き気を催した汎へ、ほら、これ、と汎へ手渡す魔法使いの笑みは投げ槍だ。
「あの子は海に、戻れない」

*****

「ちょっとずつ、できることをしていきましょう」
 寝て、起きて、食べて――。
 樹に拾われて1日が断ったが、記憶は戻らないし、声も出ない。
 絶望で眉間に皺を寄せたカイへ、樹はできることをしようと言った。
 そして連れてこられた広いのか狭いのかわからない部屋は図書室というらしい。
「どうです、読めそうですか」
 背表紙を指差され問われても、わからない。
 首を横に振る。
 自分の瞳が虚ろなのもわかる。
 なんなんだ、この、小さい記号は。



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