知ってたよ、全部
「変わった方がよかったか」
「それを決めるのは俺じゃないから」
王は不愉快そうに眉間に皺を寄せる。
「とりあえず、海の底に引き籠っていなよ、王様。王子はもうすぐ帰ってくるからさ」
魔法使いの投げ槍な台詞に、王はやっと親らしい安堵を見せた。
*****
カイさん。
こっちを向いてください。
穏やかなようで、焦りの伺える声を、ショクは背後に聞く。
「カイさん……」
どうやら見世物にするまでは本当に殺されないらしく、腕は縛られたまま、牢の中。
人間どもの視線がうるさくて、鉄格子に背を向けていたら、樹が他の人間を追い払ってしまった。
「カイさん」
顔が見えないから余計に、樹の表情をありありと思い浮かべることができる。
――お前、ここで偉い人間なんだろう。
――なのに、好いた俺ひとり逃がせないんだな。
声にならない皮肉は、ショク自身を腹立たせるだけだった。
「カイさん。聞いてください」
聞いているとも。
腕を縛られているせいで、この耳を塞ぐことができないのだから。
記憶を失っている間、僅かなりとも樹に心を許した自分が許せず、噛み殺した怒りは胃の底を焼く。
空が白み始めていた。
「カイさん」
水分を取らず、ショクを呼び続ける樹の声は掠れていて、ざまあみろと思う。
なにしろ俺は、だみ声すら出ない。
「おやすみなさい。僕はしばらく仮眠をとります」
なにを呑気なことを。
疲れ切った声で告げられた言葉と遠ざかっていく足音を聞きながら、ショクは自身も眠りかけていることを自覚した。
もしかしたら寝てる間に処刑されて、もう二度と目覚めることはないのかもしれない。