手放す者
のろのろと緩慢な動作で秋一が立ち上がる。
器に注ぐ音、人の近づく気配にやっと安心できた気がする。
口にあてがわれた器から流れ込んできた液体は相変わらず苦くてまずかったけれど、瑞樹はすべて飲み干した。
「なんで俺を自警団に差し出さなかったの」
「似合わない人間より、似合う人間に僕の作品をつけてほしかったからだ」
頬に当てられた平べったい金属に体が強張ると秋一が薄く笑ったのがわかった。
音から察するに、髭を剃ってくれているらしい。
「もうしゃべっていいぞ」
「うん」
瑞樹の髪を切っているとき、秋一はふいに叫びたい衝動に駆られた。
亮介と柚葉が来たことも、真司の成そうとしていることも、言えなかった。
「左のピアスホール、埋まっちゃった?」
「埋まりかけてる」
「また、つけてほしいんだけど」
「風呂、入ったらな。垢だらけだ」
「えー……。わかった」
勝手知ったる他人の家、とおどけて瑞樹が出ていった。
鍋に湯を張り、針を沈める。
自警団に差し出すなら、今だ。わかっている。
けれど、自分がそうしないこともわかっている。
程なくして戻ってきた瑞樹は日に焼けていて、しかし清潔感があった。
もし今、この針で瑞樹の心臓を差し貫いたらすべてが終わる。
左の耳朶に突き立てた針は紅に染まり、最初に右に開けた時よりも痛そうだった。
「ねえ、秋一」
「なんだ」
「俺さ、またここで暮らしてもいい?」
「好きにすればいい」
躊躇うことなく答えると、瑞樹は照れたようにありがとうと小さく呟いた。
*****
同性を好きになった恭介を見て、気持ち悪いと思った。
では、秋一に好意を抱いた俺は、傍から見て気持ち悪いのか。
どう思われようと、関係ない。
秋一の傍にいる今、幸せだと感じてしまうから。
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