四季の都 | ナノ

守る者

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「国一番の細工師。さすがだ」
 秋一の鍛えたナイフと針を収め、光を零すように笑った真司を黙って見返した。
 こいつに刃を向けた瑞樹はある意味、正しかったのだ。
 亮介と柚葉の去った後、工房の奥に堂々と座っていた旧友を見て秋一は頭が痛くなった。
「真司、手際が悪い」
 ぼそりと呟くと、真司は目を伏せ、曖昧に笑った。
 こんな風に笑うのを見るのは初めてだ。
 恋人のふりをしているうちに、まさか本当に骨抜きになったのではないかと疑いたくなるくらい柔らかな笑みだった。
 現在の領主の祖父の代から長らく閉ざされてきた夏の都に新たな風を吹き込むため、冬の都から送られた刺客が真司だ。
 父の代に春や秋、冬の都を放浪していた秋一が彼と知り合ってから、どれほどの時が経ったのかは憶えていない。
 こちらへ来ると便りを寄越した直後に消息を絶ち、蓋を開けてみれば件の恋人に収まっていたらしい。
「恋人として領主を誑かしてから、領内を瓦解させるのかと思った」
「まさか。そんな気の長いことはやっていられない。ただ、恭介を討つのに瑞樹は邪魔だった。正直、向こうから仕掛けてこなかったら、俺が先に仕留めていた」
 目の前に差し出された手には、鈍く輝く橙のピアスがひとつ載せられていた。
 強張る秋一の左手を開き、真司がそれを載せるが、汗で滑ってころりと落ちた。
 それを目で追うと、喉の奥が痛くなった。
「つらい、な」
 真司の呟きに力なく頷いた。

*****

 翌朝、目を覚ますと真司はもういなかった。
 道具が必要になればまた来るだろうと大して気にも留めず、秋一は重たい右腕でのろのろと顔を覆った。
 無性に泣きたいのに泣けない苦しさがある。
 つまらない感傷に浸っている自分を嘲笑い、日常に戻っただけだと自分に言い聞かせる。
 できることなら、捕まれ。
 そしてこの世を去れ。
 その生きた痕跡、なにひとつ残さず。
 僕の心の傷は、じきに癒える。


守る者 おわり
2013/03/02


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