追われる者
確信があった。幼馴染の勘かもしれなかった。
線の細い、弱そうな男だった。
すぐに倒せると思った。
瑞樹は、主君の恋人に刃を向けた。
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部屋に運び込んで秋一は気がついたが、この罪人の男は汗と土に汚れているがあまり日に焼けていない。
もしかして、いいところのおぼっちゃんだろうか。
そうなると面倒だ。
財産狙いの親戚に嵌められたとか女に狂ったとか、一般人には理解できない罪状でないことを祈る。
もちろん、怨恨の末の殺人犯であっても困るが。
湯の準備をし、食事を整え、さて床に転がしたこの男をどうしようか。
試しに蹴ってみるが男はぴくりとも動かない。
「おい、起きろよ」
仕方がないので自分だけ食事を取ることにした。
わざと音を立ててスープを啜っていると、男が僅かに身動ぎをした。今しかない。
「起きろ。これ以上寝ることはこの僕が許さない」
護身用のナイフを首筋に突きつけると、男はしばらく焦点の合わぬぼんやりとした瞳をしていたが、やがて困ったように笑った。
その様子に毒気を抜かれてしまい、秋一はぎりっと奥歯を噛みしめナイフを鞘に戻した。
そっぽを向き、用意していた問いを口にする。
「食事と風呂、どっちが先だ」
男が驚いたように目を見開いた。
「……食事を」
「待ってろ」
椅子に座らせ、テーブルの上にスープとパン、サラダを並べると男は「ありがとうございます」と殊勝に礼を言ってフォークを手にした。
が、すぐに取り落としてしまう。
「……力が抜けて、腕が上がらない」
「だろうな」
とりあえずパンを男の口に突っ込んだ。
……苦しそうだ。
千切ってやればよかったか、いや、もう突っ込んだのだから流し込んだ方がいいか?
器を手に口元へ持っていってやると、男はどこにそんな元気があったのかというほど勢いよく首を横に振った。銀色のピアスが鈍く輝く。
「っは、まさか窒息死が待ってるとは思わなかった」
ようやく呑みこんだ男が失礼なことを言う。