妹は陸に憧れていた
最初は、溺れかけている者のひとりだった。
流が助けようとしたら、「他の者を先に」と言ったそうだ。
あまりにも必死に懇願されるので、一旦はその男を離して、他の人間たちを岸へ運んだ。
そして、最後のひとりとなった彼を、沈みかけている彼を流ひとりで掬いあげることは叶わず、汎とふたりがかりでなんとか岸へ連れて行ったのだという。
意識のあるものなんて、誰もいなかった。
しかし、全員に息のあることを確かめた。
汎は海へ引き返そうとしたが、流は最後に運んだ男が目を覚ます直前まで傍を離れようとしなかった――。
「ひやひやしましたよ。他の人間が先に目を覚ましたらどうするつもりだったんだろう」
軽口を叩くように話を締めて、幼馴染はショクへ向き直る。
「――王子」
穏やかな表情だった。
「俺は禁忌を犯しました。人間を、助けました。さっきまでの話は俺の妄想です。どうぞ処罰を」
本気でそう思っている汎の瞳の色。
そこに映る自分はひどく情けない顔をしていた。
「お前を罰したら、流も罰せねばならん。――お前の戯言を聞かされて不愉快だ。俺はもう眠い。帰れ」
幼馴染の瞳が寂しそうに陰る。
「ごめん。あんたに言うべきじゃなかった」
すべてを知る、数少ない者の声に、涙が滲みそうになる。
次期王の試練と私怨。
流は、知らなくていい。
やがて、幼馴染の気配も掻き消えた。