妹は陸に憧れていた
さすが人間の王と溜め息が出そうなそれは、今までショクが見たどの船よりも大きく、頑丈そうに見えた。
錨が下ろされたのは、予想よりも遥か水平線に近い場所。
ここなら、いける。
――もう、二度と人間たちにこの海を荒らさないように。
恐れを掃う誓いを胸に抱き、自らの名を呼ぶ。
それが鍵であったかのように、空は色を失った。
「にいさま!」
妹の悲鳴に振り返ると、こちらに向かおうとする流とそれを留めようとする幼馴染のふたりが見えた。
「やめて、にいさま! なにをなさるおつもりなの!」
猛然と海を巻きあげる風、空を彩る稲妻の轟音の中、流の声はよく聞こえる。
見られたくなかった。
突如降り出した雨が視界を覆う。
――にいさま、やめて!
妹の声はいつしか止んだ。
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船は無事、沈めた。
しかし、この室内に渦巻く重苦しい雰囲気はどうしたことだろう。
流と幼馴染は持てる力を振り絞って、人間たちを助けた。
海中を見回った衛兵の報告では、命を落とした者はないそうだ。
「ショク」
こちらへと背を向けた父王に呼ばれた。
「はい」
「よくやった。次からは、誰にも知られぬよう事を運ぶように」
「……はい」
「もう、下がっていい」
「失礼いたします」
妹に知られさえしなければ、心から喜べたのに。
真っ直ぐ自室へ戻る気もしなくて、少し遠くまで泳ぎに行こうとしたときだった。
「だから、姫、やめろって!」
「いや。放して!」