妹は陸に憧れていた
「ふん。どさくさに紛れて呼び捨てにするんじゃない。――いいか。俺が何を言おうとお前が何を思おうと、流が一番かわいらしく、清らかであることに変わりはない」
「掟破りの姫でも、清らかなのか?」
「あれは好奇心旺盛なだけだ」
なんだその憐れむような目は。
「とにかく、連れていってくれよー。俺だって姫の成人の儀、見届けたいよー」
「勝手にしろ」
水際の警備にあたる衛兵たちが、下手したら城の衛兵より強い、王子の幼馴染を傷つけることはないはずだ。
妹もかわいいが幼馴染もそれなりにかわいがっているショクはこのふたりになんだかんだいって甘かった。
流と幼馴染に見つからないうちに。
俺は、やり遂げなければならない。
次第に重くなりゆく心をいつもの素っ気なさで覆う。
「気は済んだか? とっとと出ていけ。邪魔だ」
「はいはーい」
肩を竦め、幼馴染が剣を手放し出ていくと、平静を装うことに使っていた神経がばらばらになっていくような錯覚を覚える。
人間の夜と人魚の夜は異なる。
船上パーティが始まるまで、あと数時間もないだろう。
沖に出たところで、天気を操り、嵐を呼び、雷を落とす。
こんなにも大きな要素を扱うのは初めてだが、やり遂げなければならない。
いずれは、この海を治める者となると、決めたのは他ならぬ自分なのだから。
*****
人間の夜は早い。
空が光を無に開け渡そうとする頃から、それに抗うように火を起こす。
沖へ寄ってくる船を、ショクはじっと見つめていた。
まだだ。
もう少し。
ショクの声に呼ばれ、今にも暴れようとする要素たちを押さえ、まだだ、まだだと惹きつける。
その一方で、怖気づきそうな自分をショクは認める。