たとえば、魔法使いの毒薬
「あ、もしかして自分でできますか」
頷きをひとつ。
「それは少し残念です。――記憶が、ないのですか」
頷く。
「名前も?」
名のことを持ちだされると、頭痛がする。
俺の名は――。
「では、しばらくカイさんと呼ばせていただいてもいいでしょうか。海の、カイ」
なんと安直だと思うよりも、海という単語に心ひかれた。
カイは、頷いた。
反論したいにせよ、声が出ないのだから仕方がない。
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幼馴染がよりにもよってあの男に発見され、城に運び込まれたのを見届けた汎は複雑な気分を持て余していた。
今にも泣きだしそうな顔で、姫が汎のところへ現れた。
「にいさまが、魔法使いのところへ」
嫌な予感がして、ひとりで波間を掻きわけ辿りついた魔法使いの棲家の傍で幼馴染を見つけたときは間に合ったと思ったのに。
一瞬、唇を噛みしめた幼馴染は、怪しげな薬を呷り、苦しげに腕をばたつかせる。
なにごとかと尾びれを見れば――二本の棒のようなものに変わっていた。
そこから先は必死だった。
まさかこの世界の王子を溺れ死にさせるわけにもいかず、水上へ運び、岸へと引っ張った。
「なあ、あんたどうしたんだよ」
固く瞼を下ろしたままの幼馴染には聞こえていないのだろう。
――王に、報告すべきか。
――魔法使いのところへ、行くべきか。
しばらく悩んだ末に、汎はとりあえず姫のところへ向かうことにした。
「にいさまは」
縋るような視線なんて初めてではないだろうか。
「さすがに恨むよ、姫」
「――いいから、話しなさいっ!」