四季の都 | ナノ

たとえば、魔法使いの毒薬

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 幼馴染の名を呼ぼうとして、脳の奥で何かが霧散する。
 そういえば、ここはどこだ。
 やがて戻ってきた樹に、器ごと差し出された熱い液体に見覚えもない。
 ただ、おいしそうな匂いに胃が空腹を訴えた気がした。
「――」
 礼を言おうとして、声が出ないことに気づく。
「あなたの名をお聞かせねがえませんか?」
 ――俺は、誰だ。
 渡された先が丸まった平べったい棒を握り締め、途方に暮れていると、樹がわずかに驚いたのがわかった。
「いえ、そんなことは今はいいですね。ご飯を食べて、ゆっくり休んでください」
 部屋の隅の椅子に腰かけ、こちらをじっくりと観察する樹を見つめ返すと、樹はにこりと微笑んだ。
「そうですね。じゃあ、あなたが食べている間、少しだけ僕の自己紹介をさせてください。もちろん、うるさくなったら教えてくださいね」
 柔らかな声に、心臓が、小さく弾んだ気がした。

 僕の名は、樹。
 夏の都の領主をしています。
 先日、17の誕生日を迎えたばかりです。
 そのとき、ちょっと溺れかけまして、でも、どなたかに助けていただいたんです。
 お陰さまで、今も生きているのですが……命の恩人が誰なのか、未だにわからない。
 まあ、これからわかるかもしれませんしね。諦めは愚者の結論です。
 でも僕、決めたんです。困っている人を助けようって。
 当たり前って顔ですね。ふふ。そうですね。当たり前のことです。
 だからあなたも、安心して、こちらでゆっくりなさってください。

 説明を聞く間、自分だけ食べるのは憚られる。
 しかも、棒の使い方がわからなくて、なんとか握り締めた棒を器に突き立てようとしたら、樹は別の解釈をしたらしい。
「疲れて腕が持ち上がらないのですね」というやいなや、樹のいる寝台のようなものに腰かけ、棒で液体を掬い、こちらへ差し出してくる。
 なるほど、そう使うのか。
 棒を見つめたまま身動ぎしないこちらをどう思ったのか、樹は困ったように首を傾げた。



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