四季の都 | ナノ

たとえば、魔法使いの毒薬

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 ショクがいなくなれば、流も目を覚ますだろう。
 人魚の治める海が、人間どもによって荒らされることも、もうないはずだ。
 無言で手のひらを差し出せば、魔法使いはニヤリと笑った。
「水上で飲みなよ。ここで飲んだら、溺れ死ぬ」
「……わかってる」
「いいかい。まず、きみが愛さないといけないんだからね」
 魔法使いは何度も念を押した。

 薬を両手に、海を彷徨った。
 人魚であったことの記憶を失っても、人間を憎む気持ちは消えないだろう。
 幼馴染や父、妹に別れを告げずに行くつもりだった。
「おーい、ショク!」
 後ろから呼ばれ、ぎくりと振り返るとどこかしら焦った様子の幼馴染が寄ってきた。
「よかった、無事だったか」
「なにがだ? どうしたんだ、いったい」
「あんたが魔法使いのところに行ったに違いないって姫が騒ぐから、って、その薬……。あっ、おい、やめろ!」
 さよなら、俺の愛した海。

*****

「ああ、目が覚めましたか。波打ち際で気絶していて、心配しました」
 誰だ、こいつは。
「これは失礼。僕の名は樹(いつき)。ご飯、入りそうですか」
 幼馴染や叔父とは別系統のかわいさだな、とどうでもいいことをつらつらと考えていると、「誰をお捜しなのですか」と問われる。
 ゆっくりと首を横に振り、そして気づく。
 声に出していないのに、こいつには伝わっているらしい。
「ああ、不思議そうな顔をしていますね。あてずっぽうだったのですが……。あたってますか?」
 おかしそうに瞳を細め、樹は首を傾げた。
「いや、あまり質問責めはよくありませんね。お疲れのところを。今、スープを持ってきますから、ちょっと待っててください」
 樹が重たそうな板を開けて出ていったので体を起こす。
 海藻よりも柔らかなこれはいったい何だ。



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