四季の都 | ナノ

たとえば、魔法使いの毒薬

しおり一覧

 ショクは再び渦を呼ぶと、魔法使いの棲家へと向かう。
「ふうん。思ったより早かったね」
 魔法使いはちっとも驚いた様子がなかった。
 くらげの皮に包まれた、海水以外の液体を月光に翳し、ショクを見ることはない。
「流の恋したあの人間を殺す」
 諦めさせるなんて、他に、方法がないじゃないか。
 存在を消すことですら、想いを絶つ原因にならないというのに。
「人間になる薬をくれ。あと、もう、その薬は作るな」
「作るな、ね……。その代償に、きみはなにをくれる?」
「――次期王として、この海の平穏を、誓おう」
「もう、この海に帰ることができなくてもその約束を果たせる?」
 言葉に詰まったショクを振り返り、魔法使いは笑った。
「ほら、こっちの薬もあげる。こっちの薬は、人魚に戻る薬。ただし、この薬は効能を発揮するための条件がふたつある」
 差し出されたふたつの薬。ひとつは人間になる薬、もうひとつは人魚に戻る薬。
「ひとつめ。標的とする人間を愛せ。人間嫌いのお前にできるかどうかはわからないけれど。あの人間の魂は真っ白。だから、あいつに愛されればいい。これがふたつめの条件。もしあいつがショク以外の誰かに染まったときは、お前は魂も得られず、泡となる」
 愛した人間に誰も愛さない場合、人間のまま。人魚へと戻れず、泡に還ることも叶わない。
 愛した人間に愛され、人間のままだと魂を得られ、来世の命も約束される。
 愛した人間に愛され、その心臓の血をこの薬に注げば、人魚に戻れる。元通りの生活。
 愛した人間が別の者を愛したときは、泡と還る。
「標的とする人間って……」
「しょうがないでしょう。元々は姉上に頼まれた惚れ薬を改良したんだから。誰かを想う力は無限大、なんてね。この場合は、流の恋した人間だろうね」
 つくづく趣味の悪い、と悪態を吐きそうになるが、言葉を呑みこむ。
「きみが王とならなかった場合の担保。声と、名と、まあ要するに、要素を操る力。そして、人魚であったことの記憶。もちろん、帰ってきたら、返してあげる。かわいい甥だからね」
 どうする? とかわいらしく首を傾げる魔法使い。
 答えなんて、決まっている。
 男を、それも人間を、愛せるわけがない。
 人間のまま生きるのも嫌だ。
 人間と、それもよりにもよって妹の心を奪った者を刺し違えるのは悔しいが、他に方法がない。



*前次#
backMainTop
しおりを挟む
[3/7]

- ナノ -