人間嫌いの王子様
ショクをこの海に返す最後のチャンスだよ。
――魔法使いは、悪意とも諦めとも取れる笑みを浮かべていた。
魔法使いの棲家を出たとき、きっと自分はひどく情けない顔をしていると汎は思った。
「わたしね」
説明を受け、魔法使いに授けられた短剣を水中に漂わせ、沈んでいくさまをぼんやり眺めていた流がぽつりと言う。
「別に、お母さまのことを聞いて、人間が嫌いになったわけじゃないのよ。助けた人間を嫌いになったわけでもない」
姫のまあるい瞳を見つめていた汎は、気分が悪くなってきた。
「にいさまに、諦めさせてって言ったわ。人の気持ちを簡単に変えることなどできないのにね。人間になって、わたしの想いを断つなんてできるのかしら」
姫はその答えを知っているのだろうと思う。
「存在がなくなって想いがなくなるというのなら、とっくにお母さまへの想いも消え失せているわ。――あら、もう時間ね」
それまでの儚げな表情を打ち消し、くるりと宙返りした姫は酷薄に笑う。
しまったと思うが、もう遅い。
衛兵たちに、囲まれていた。
「この下賤な者が、わたしに付き纏っています。牢に閉じ込めておいて。罪を認めるまで」
「はい、姫」
「ちょ、そんな――!」
姫、と呼べなかった。
紐状の海藻で声を奪われ、視界も奪われる。
首を強く打ちつけられ、意識が遠のく。
声と名、記憶を奪われた幼馴染と、どちらがましなのだろうと思いながら。