本編
昨日はとてもじゃないけど寛樹と待ち合わせなんて気分じゃなかったからひとりで学校に来た。
だけど今日は、一緒に行きたい。
そう思ってチャイムを鳴らしたのに。
「あら亮くん久しぶり。寛樹ならもう行っちゃったけど……いつもごめんなさいね」
「いいえ」
もし寛樹と亮介が喧嘩したら、絶対に我が子が悪いと思っている寛樹の母親は申し訳なさそうに言ってくれたが、ショックでそれどころではなかった。
喧嘩したとしても、亮介が迎えに来るのを待ってた。――一日以上喧嘩したことなんて、なかった。
もしかして、昨日ずっと待ってた?
クラスで自分をじっと見つめていた彼を思い出したらもう止まらない。
学校への坂を駆け上がる。
この時間なら、朝練。
自教室を素通りして音楽室へ向かい扉を開ける時間がもどかしい。
派手な音を立てて中へ飛び込む。
ああ、その程度だったのか。妙にクリアな頭で認識した。
こちら側へ背を向けた寛樹は、亮介とも面識のある後輩の首に腕を回してキスしていた。
亮介を振り返ることなく、何度も。
後輩も、亮介を見向きもしない。
ふたりだけの世界。そんな言葉が浮かんで、ふたりから目を逸らせなくて眩暈がしてきた。
亮介は寛樹を諦めきれなかったけど、寛樹には、亮介の代わりはいくらでもいる。知らなかったわけじゃない。気づかないふりをしていただけで。
「ちょっと、いつまでぼーっとして見てるんだ。趣味悪い」
「……ヒロに言われたくない」
へたり込んだ亮介を平然と見下ろすふたりと目が合う。
「あ、亮も知ってるよね。俺の後輩で恋人」
嬉しそうに後輩に抱きついて、首筋に顔を埋めて。後輩もされるがままになっている。
変わり身の早さに頭痛までしてきた気がする。
「先輩が、好きなんじゃなかったのかよ」
「好きだよ? でも、この子が俺のこと好きって言うから。ね?」
「はい」
やっとの思いで吐きだした言葉も彼にとってはなんの棘にもならなくてあっけらかんと返される。