本編
昼ごはんを食べて、友人たちに断りを入れ図書室へ向かう。
中一の途中からの樋山の日課だ。
本を読むこともあれば緒方を眺めているだけのときもある、けれど樋山にとってはとても充実した時間。
図書室の扉を開くとき、手のひらに汗が滲んでいるのに気づき苦笑した。
こんなに緊張するのは、緒方に告白を聞かれた日以来ではなかろうか。
廊下ですれ違った時の彼はいつも通りだった。
極端に目が悪いくせに授業中以外は眼鏡を掛けたがらない彼は至近距離ですれ違っても滅多に気づかない。
こちらが声を掛けて、焦点の合わない目がぼんやりと樋山を捉えてはっきりしていくのを見るのが好きだ。けれど今日は、彼が気づかないのをいいことに様子をじっくり観察。
悲しいほどいつも通りだ。
「緒方」
彼の隣に腰かけ、そっと声を掛ける。彼は気づかない。
「好きだよ」
彼の横顔に呟くと、切なくなってきて声が聞きたいと思った。
「緒方、緒方」
彼の読書タイムを遮るのは気が引けるけれど、もう、これっきり。
今、緒方の声が聞きたい。
彼を揺さぶり、緒方の視線が樋山を捉える。
「どうした?」
「昨日のメールのお礼、言ってなかったと思ってね」
「……そんなことか」
照れたように彼が目を伏せる。樋山も何か言おうと思ったが何を言えばいいかわからず膝を抱えた。
「樋山、いつもありがとうな」
ぽつりと彼が昨日の言葉を呟く。あまりにも寂しそうで、驚いて彼を見た。
緒方はそんな樋山の様子に小さく笑うと本を脇に置いた。
「俺、入学してからひとりだったんだ。しゃべるのが苦手で。なのに昨年の夏から樋山がいて、無理して何かしゃべるわけでもなくて」
「……ごめん」
なんとなく、謝らなければならない気分になった。邪魔、だったのだろうか。樋山が俯くと、緒方は本を棚に戻し、振り返っていたずらっぽい笑みを浮かべた。
「でも楽しかった。中学に入ってから友達ができるなんて思ってなかったから――嬉しかった」