本編
朝礼時に進路調査票が配られた。
生徒が文系から理転したり、理系から文転したりしたいと言いだしたとき早々に対応するために月に一回配られるそれは何度書いても慣れない。
放課後、亮介は幼馴染の家に上がり込み早々と宿題を終えるとそれと睨めっこ。
ちらりと寛樹を見ると彼も真剣に進路調査票を見ていた。
幼稚園の頃、卒園アルバムに書く将来の夢で『ひろくんのおよめさんになる』と書こうとし保護者や幼稚園の先生たち、園長まで巻き込んだ。
結局、当時好きだった『おすもうさんになる』に落ち着いたが幼稚園生の夢には程遠い。どちらにしろ黒歴史だ。
ちなみに寛樹は幼稚園は『せいぎのみかた』、小学校卒業アルバムでは立派な楷書で『世界征服』と記していた。しかも誰も止めなかった。なぜだ。
小学校になると亮介も世間というものがわかってきて『就職』と書いた。
おすもうさんじゃないのか、と真面目に訊いてきた幼馴染は直後股間を押さえて蹲っていてその隙に提出したことは記憶に新しい。
「亮介、書いた?」
「いやまだ」
「亮はさ、決まってるじゃん。おすもうさ――いやいや冗談だ」
「正義の味方に言われたくないね」
「ひろくんのおよめさんよりもか?」
笑いながら逃げる寛樹を捕まえて床へダイビング。衝突の直前に寛樹と入れ替わって下になったから腰をひどく打ちつけた。重いし痛い。
「亮介」
起き上がろうと顔の脇に手を置いたまま見下ろしてくる寛樹の顔はひどく真剣だった。
「『ひろくんのおよめさん』って書いてよ」
何も言えない。亮介は寛樹をじっと見つめた。寛樹も目を逸らさない。
俺のことよりも先輩や後輩の方をよく見てるくせに。
自分は、亮のおよめさんなんて書かないくせに。
「っ、だれが」
「なんてな」
誰が書くかと言おうとしたら冗談めかして寛樹がどいた。
一週間後提出した進路調査票。
岩本寛樹:1.薬剤師:2.写真家:3.医師
清水亮介:1.医師:2.写真・映像処理オペレーター:3.高校教師
未来を開く扉も鍵も、まだまだ無数にあると信じて、顔を見合わせて笑った。
おわり。