図書室の主 | ナノ

本編

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 インターホンが鳴ったとき、ちょうど揚げている最中だったから反応が遅れた。

 エントランスの電子施錠を外し、玄関の鍵も開けて、再び揚げる。

 さっき外した腕時計は18時31分を示している。まあまあいいんじゃない?

 玄関の開く音、鍵を閉める音、キッチンへ歩いてくる音――。


「久しぶり」


 振り返らずに言えば悠太が頷く気配がした。

 突然訪ねてきた理由は訊かない。

 悠太も言わない。

 こうやって急に悠太が訪ねてきて一緒にご飯を食べるのは初めてではないし、一人で食べるよりも気が紛れるし、好きな人と一緒に食べられるなんて尚更――。


「暁」


 暁が自分の思考にはっとしたのと悠太に呼ばれるのはほぼ同時。だけど心臓は早鐘を打っている。


「んー?」
「お腹すいた」
「もうちょっと待ってね」


 大丈夫。自分はいつも通りの苦笑を浮かべているはず。


*******


 コロッケと千切りキャベツ。ソースやケチャップは使わない。

 無言が苦になる相手ではないので黙々と箸だけが進む。

 悠太はそっと暁を盗み見た。

 普通だ。いつも通り。

「そんなに見られると食べにくい」

 いつの間にかガン見していたようで暁に苦笑されてしまった。慌てて目を逸らすがこれからのことで頭がいっぱいになってしまった。

 手の震えを抑えようとしてキャベツをつまもうとして、落ちた。

 駄目だ。

 もう食べられない。


「暁、好き」


 ああ、段取りが違う。

 言ってしまった悔いと安堵できつく目を瞑った。

 ちゃんと食器を片付けてから言うつもりだったのに。

 貸した本を返してもらって、ここに泊まりに来るたびに増えていったもの、自分のいた痕跡を消してから言うつもりだったのに。

 返事は、ない。

 おそるおそる目を開けると、暁は今までに見たことがないほど冷たい目をしていた。


「それ、本気?」


 怖い。

 答えられずにいると腕を掴まれた。


「気持ち悪い。出て行って。二度と来ないで」


 強引に腕を引かれて、追い出された。

 どうしていいかわからなくて、閉まったドアの前で呆然と立ち尽くした。

 ――ああ。

 予想していたとはいえ、実際にやられるとショックだ。

 暁の触れた腕を抱きしめて、駐車場へ行って、車を出して妙にクリアな頭で帰宅。

 人間、衝撃が強いと涙も出ないらしい。


おわり。



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