番外編
朝、起きたら知らない人からメールが入っていた。
岸本は勝手にアドレスを教えられることを嫌うし、人のを訊く場合も本人の許可を取ってから教えてもらう。
誰から自分のアドレスを訊いたのか、と送信したら宛先不明で戻ってきた。不気味だ。
「デート、ねえ……」
デートもなにも、と岸本は目の前で雑誌を読んでいる秋一を見遣る。
付き合ってない、なんていう以前に。
「秋一。俺と遊びに行きたい?」
「何を馬鹿なことを」
「デートって言っても?」
「今、ここにいるだろう。――なに笑ってんだ?」
あまりにも予想通りの答えで岸本は笑いが抑えきれない。
休みは旅行に行くよりも家で寝ていたい派の秋一が、岸本と一緒と言えどどこかをうろつきたいはずがない。
これじゃあ、もし仮に恋人だったとしても俺の家でごろごろなんだろうな、と思ったらほっとするような寂しいようなで複雑な気分だ。
「それより、岸本」
「ちゃんと口で言ってね」
じとっと恨めしげに見つめられたが、言葉は大切だ。
ふい、と秋一が腕を組み岸本を睨みあげた。
「お腹が空いた。なんか食べたい」
「カップ麺が下の棚に入ってるから勝手に食べて」
人に頼むのがそんなに嫌か、と思えるくらい尊大な態度。
答えは前もって準備してある。
秋一はむっとして膝を抱えてしまった。
気まずい沈黙に耐えられなくなったのは岸本の方で。
「わーかったよ、何がいい?」
「炒飯」
「はいはい。人参が切れてたな、一緒に買い物に行こう」
これじゃあ、この緩い関係に耐えられなくなるのも自分が先かもしれないな、と恐ろしいことに思い当たる。
とんっと勢いづけて秋一が立ちあがるのを横目に、岸本はエコバックを手に取った。
やっぱり、訂正。
恋人であってもなくても、デート先はスーパーだ。
おわり。