過去編
別に、ここまでが知り合いでそこからが友達、なんて明確な線引きがあるわけじゃないのに。
「もー、そんな冷たいこと言うなよー! 友達だろー!?」
「知人、だな」
クラスメイトたちの会話が耳に飛び込んできて、思わず窓を拭く手が止まる。
知人と言い放った彼の方を見ると、言葉に険はあるものの表情は穏やかで、ああ変わったなあと感慨深くなった。
岸本の親友は、交友関係に関する、友とつくものを嫌う。
国語が嫌いなくせに細かい奴だ。
中3当初は秋一の刺々しい言葉にクラス全体を巻き込んで大騒ぎしていたものだが、付き合い3年目に突入しようという今はみんなも心得ていてからかうような、でも優しい空気が彼を取り巻いていた。
俺の、親友。
小さく呟いて、笑顔で彼らに参戦する。
「じゃあ、俺は俺は!?」
秋一の目がすぅと眇められる。そして、いつものいたずらっぽい輝きを取り戻すと。
「one of my classmates」
「うわあ英語嫌いで発音滅茶苦茶なくせにこれだけは上手だね! わかってるよ親友、照れ隠しだよね!」
秋一がわずかに傷ついた表情を見せたが、岸本は気づかないふりをした。
だって、こちらだって傷ついてる。小さな小さな復讐だ。
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秋一には、誰一人として『友達』はいない。
本人がそう言っているだけで実際には世間で言う友達は岸本の知人の中では一番多く見えるのだけれど、こだわりがあるなら仕方がない。
秋一はご飯を一人で食べるし、移動教室は一人だったり、誰かと会ったら一緒に移動したり、様々。
彼が決まった人間を周りに置かないのを、そしてその理由を、殆どみんな勘づいていてでも放っておいて、友達だ、なんて言いつつあいつには友達がいないからと影で嘲笑して自分には友達がいると安堵するクラスメイトたち。
自称親友を自負する岸本も、彼が誰も選ばないのを見て安堵してしまう。
秋一の親友は、俺だけ。
そう思う自分が一番ひどい、ずるいと思ってしまう。
「誰かと常に一緒にいるのが面倒臭い」
なんで友達を作らないんだと、馬鹿なクラスメイトが秋一に訊いたときの答えだ。まったく彼らしいと思う。でも、それが本当の理由じゃない。
「僕、人を傷つけるからな」
修学旅行の夜、彼がぽつりと漏らした声を岸本は忘れられない。
誰と話していても秋一は楽しそうなのに、親しくなったかな、と思ったところですっと離れていく。
遠くから、ぼんやり人を見つめている。混ざりたいのに、じっと我慢して。
傷つけないように、壊さないようにそっと遠くから見つめるだけ。
確かに彼は毒舌だけど。
傷つくときもあるけれど。
優しくて、我慢強くて――本当のことを告げて。
だから、傷つけられるとわかっていても欲しくなってしまうのだ。
「自分を殺すな――親友」
そう言ってくれたときから、秋一が本当に拒むそのときまで、拒まれても、親友でいようと決めた。
おわり。
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吉希さま、遅くなりすみません。
お詫びと言っては粗末ですが、秋一の性格がわかるものをおつけします。
彼らの中学時代です。
リクエスト、ありがとうございました。