図書室の主 | ナノ

Pianissimo

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 ふたりに身長を追い越されても密かに保護者を気取っていた紅葉であるが、毅の件に関してはひとりではどうにもならなかった。
 付き纏うだけならば、いつしか飽きるだろうと高を括っていられたのは3ヶ月だけ。
 春休みが明けても熱は冷めなかったらしく、4ヶ月を過ぎると命の危険を感じた。
 親にも相談できず悩んでいるところを、ふたりが見つけてくれたからなんとか正気を保っていられたものの、あのままだとどうなったことだろうと思う。
 最善ではないけど、最悪でもない方策。
 本当にゲイである人たちには悪いが、紅葉は自身を守るために、どうしてもあの言葉――ある特定の集団を差別することと紅葉を好きであったこと――を引きだす必要があったのだ。
 しかし、と紅葉は手の中のICレコーダーを再生しながら思う。
 ストーカーされているときは恐怖と気持ち悪さとで考えが及ばなかったけれど。
 いったい何が毅を引き寄せたのだろう。
「それ、手放せないなら預かるけど?」
 不機嫌そうな声につられて顔をあげると、苛立ちを隠そうともしない志岐が腕組みをしてこちらを睨んでいる。
「あ、休憩終わり?」
「とっくにね」
「古沢、黙れよ」
 棘のある返事を咎める秀へひらひらと手を振り、平気であることを示す。
 だって、あの歪んだ愛情に比べたら、志岐ちゃんの悪意の方がわかりやすい。
 その中に含まれる好意の割合も。
「じゃ、後半から」
 言いながらICレコーダーを部屋の隅、譜面の下に置くとほっとした。
 両肩を上げて緊張を解すと、もう、意識が遠くへ塗りつぶされていく。――遠く。
「ね、思いっきりスローでやりたいなあ。すっごく焦れるくらいの」
 甘えて言ってみると、ふたりが頷いた。
「え、いいの?」
「笹原が言ったんじゃないか」
「いや、そうだけど。これくらいだよ? 大丈夫?」
 試しに左手で拍を取ると、秀がにやりと笑って言う。
「じゃあ、早くなった人が負けだな」
「ちょっと待ってよセンパイ、俺が不利じゃん」
「え、いや、勝負するつもりじゃないんだけど」
 未来の声楽家の嘆きは切実で、否定しつつも紅葉はつい笑ってしまう。



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