図書室の主 | ナノ

Pianissimo

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 古沢志岐(ふるさわしき)の家の防音室はグランドピアノが2台あるから、3人で集まっても退屈することはない。
 しかし今日の話題は音楽ではない。
 会話にすらなっていない。
 平岡秀(ひらおかしゅう)はニヤニヤしながら黒鍵で遊んでいるし、志岐だって譜面を繰りながら思い出し笑いしているし。
 趣味が悪いと思いつつも、紅葉も自分で分かるほど意地が悪い顔をしている。
「よかったな、笹原」
 秀に言われて、紅葉は頷く。
「ん。本当にありがとう」
「あいつ、しつこかったもんなー」
 紅葉嫌いを公言している志岐でさえしみじみと溜め息を吐いている。
「朝のバスも待ち伏せ、帰りは校門で待ち伏せ、休み時間ごとに様子見。そっちの証拠つきつけてもよかったんだけど。むしろ禍根を考えたら、そっちの方がベターだったような……」
 譜面台を見つめつつ毅とのやり取りを振り返る志岐へ、紅葉は首を振って否定する。
「いや、秀ちゃんの案だからうまくいったと思う」
「だけどさ、センパイの案だけどさ。腹立ちまぎれに紅葉がゲイって言いふらしたらどうすんの」
「そのときのためのICレコーダーだ」
 秀が重々しく言ったが、同時に3人で吹き出してしまう。
「ま、いくらみんながホモ気持ち悪いって思ってても、一応、差別だからね。これがある限り、毅の方が歩が悪いでしょ」
 久し振りに心の底から笑っている幼馴染に、秀は密かに胸を撫で下ろした。
 アンフェアなやり方は嫌いだが、相手の卑劣さに合わせたという点では、フェアだろう。
 快哉を叫ぶ代わりに、低音からすべての鍵盤を駆け上っていく。
「秀ちゃん、志岐ちゃん」
 そんな秀を見て、紅葉は興奮しすぎだと言おうと思ったけれど。
「本当に、ありがとう」
 幼馴染ふたりは、顔を見合わせ照れたように笑った。

 幼稚園から高校まで、ずっと一緒。



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