Pianissimo
「知り合いにゲイだって告白されちゃったんだよね。ついでに付き合ってくれってさ。ほんっと気持ち悪いよね」
大手チェーンのカフェ、カウンター席の隅。
ざわめきが一層、大きくなったような気がした。
ねえどうしようと力なく笑う笹原紅葉(ささはらもみじ)の声には侮蔑が含まれている。
温め続けていた自分の想いが否定されたショックで頭が真っ白になるかと思えば、意外と冷静に頷いている自分がいた。
「そうですね。秘めておけばいいものを。同性愛者なんて気持ち悪いです。男のくせに男を好きになるだけでも汚らわしいのに、それを本人に言うなんて最低ですよね」
一息にしゃべると、自分のことは棚上げにして、本当に気持ち悪く思えるのだから人間は不思議だ。
毅(つよし)は自身の解答に満足さえしていた。
「……そう」
紅葉の表情を見るまでは。
目の前に突きつけられたICレコーダーを見るまでは。
「じゃあ、俺も最低? 毅のこと好きだよ? 男だけど。ずっと好きだったんだよ? だって俺もゲイだから」
ふわりと天使と賞される笑みを浮かべた紅葉がかわいらしく首を傾げる。
「だけど、毅がそう思っているなら仕方がない。さよなら」
……そんな。
「紅葉さんっ!」
席を立とうとする紅葉の腕を掴んだら振り払われた。
それでも必死で掴みなおし頭を下げる。
「俺、ずっと紅葉さんのこと好きだったんです。だけど、紅葉さんの意に沿わないならと、敢えて本心と逆のことを言いました。好きなんです、本当です」
周りに聞こえない程度の、しかし想いが伝わるように絞った声。
「ふうん」
品定めをする声がした。
「じゃあ、なんでもしてくれる?」
「もちろんです」
紅葉はにっこりと笑った。
「二度と俺の前に現れるな」
耳元への囁きはドスの利いた低い声。
目の前が、真っ暗になった。