図書室の主 | ナノ

Pianissimo

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 そろそろ日本語を忘れそうだ。
 ピアノの師匠に空港まで運ばれながら、紅葉は溜め息を吐いた。
「明後日もここにいたいです」
「そんなこと言わずに。楽しんでおいで」
 苦笑交じりの英語で返事が来る。
 ――英語?
「あ、す、すみません」
「いや、いいよ。そろそろ英語に頭を切り替えていた方がいいだろうからね」
 うっかり言語を切り替えていたらしい。日本語で呟かなくてよかった。
「冬までに、テーマを決めます」
 師匠の言葉に甘えて英語で会話を続けると、「焦らなくていい」と言われる。
「でも」
「無理して探さなくていい。お友達とたくさん遊んでおいで」
「はい」
 ぼんやりしたまま師匠と別れ、飛行機はドイツからイギリスへ向かう。

 みんな大好き夏休み。
 紅葉はピアノの練習のためにドイツ、志岐はコンクールのためにフランスへ。
 ここまではいつも通りだった。
 そこへ秀がスイスに遊びに行く、と言ったことで紅葉の瞳が煌めいた。
「じゃあ、どっかで会おうよ。どこ行きたい?」
「んー。イタリアかー、イギリスかー、まあ、フランスでもいいかな。俺、待機」
 紅葉が誘うと、珍しく志岐も乗り気なようだった。
「言語の平等性をとったらイギリスだねえ……。秀ちゃーん? 聞いてるー?」
「別に、俺はどこでも……」
「じゃあ、志岐ちゃんは?」
「んー。じゃ、イギリスで」
「おっけ。じゃあ、詳しい日にちは後で」



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