番外編
強く望んだら現実になるって誰が言った?
「別れようか」
恋人である瑞樹は酷薄な笑みを浮かべて、秋一へ静かに告げた。
「わかった」
動揺していない自身に秋一は驚き、そして自らも微かに笑みを浮かべた。
確かに別れたかったのも事実。
だけど、こんな理由での別れを望んだわけではない。
「俺、緒方が好きだから。秋一と付き合ったら忘れられると思ったけどやっぱり諦めきれないよ」
瑞樹から、秋一の親友の名が出る。
別にそのことはいい。世間ではよくあることだと思う。
問題は、緒方が男であること。
いつか瑞樹に好きな人が出来たら別れようとは思っていたけれど。
そのときは女性が相手だと思っていた。
なにしろ瑞樹はゲイではない。
秋一が引き摺り込んだだけだ。
「まあ、秋一が変な気分になっちゃったのも、元はと言えば俺と恭介のせいかもしれないし。責任は取るよ。俺たちはこれからも親友だから。月に1回、誘うから会おうね」
秋一は黙って頷いた。
瑞樹が彼の幼馴染、恭介とべたべたしているのに感化されたわけではない。
瑞樹の表情、性格そのものに惹かれたのに。
今更言っても仕方がない。
「じゃあな」
いつもの挨拶をし、秋一は恋人に背を向けた。
親友に戻った瑞樹は何も言わなかった。
*****
「岸本」
自室のベッドに寝転がり、秋一は呼び方の練習をする。
親友のときは瑞樹を名字で呼んでいた。
恋人になったとき、初めて下の名前を呼んだ。
瑞樹はもう秋一の恋人ではないから、呼び方も戻すべきだ。
「岸本」
おかしい。
呼び慣れていたはずなのに、6年もの間封印してきたその呼び名は秋一の唇から滑らかに出てこない。
「……瑞樹」
いつもの呼び名を呟いたら余計に瑞樹が恋しくなった。
会いたい。
とことん甘やかされたい。
「……きし、もと」
もう駄目だ。
二度と彼の下の名前は呼ばない。
彼の名前ごと、過去のものとなった想いまで呼び覚まされてしまう。