番外編
先週は秋一の誕生日だった。
1日中、恋人である瑞樹と一緒に居られて。
大好きな料理を食べて、ふと目が合うだけで幸せになれて。
だから、気が緩んでいたのだ。
「僕が男が好きだったらどうする?」と母親に訊いてしまうなんて。
口が滑ったとしか言いようがない。
*****
「もし、僕が男を好きだと言ったらどうする?」
休日、自宅のソファに寝そべってテレビを眺めていた秋一は、自身からちょうど死角となる位置にいる母へ問いかけた。画面の中の人々は、同性愛者のパートナーが亡くなった場合の遺族としての権利について論じており、どこかの弁護士が婚姻の定義について説明をしていた。
日本において、同性婚は認められていない。
「うーん……」
しまったと思ったものの言ってしまったものは元に戻らない。ソファから身を乗り出し母を見れば、アイロンがけをしていた母は手を止め、一時視線を宙に彷徨わせ、困ったように笑って言った。
「基本的に恋愛は自由だと思う。趣味の問題ね。でも、秋一が男性を好きになった場合、あなたの好きにしていいよ、とは言えないね」
子どもへ本音で向き合ってくれる母らしい答えだと思い、頷いた。
「まあ、そうだよね」
自分自身へ納得させるように呟き、胸の奥の痛みからは目を逸らして、再びテレビを眺めた。
ショックで音声が耳に入ってこない。
ソファに寝そべっててよかった。この情けない顔を母に見られなくて済む。
「好きにしていいよとは言えない」何気ない一言だけど、傷ついた。
それは、今まで甘やかされて育ち、殆どが自分の思い通りになったせいなのか、それとも諦めなければならない恋への未練なのか。
想い人を瞼の裏に描き、秋一はこっそり溜め息を吐いた。
ひとりっこ。後継ぎ。母の負担となっている祖父母の介護の手伝い。そして遠くない未来、両親の介護もすべて自分の義務となる。自分勝手な理由で逃げることはできない。
いや、義務と言うのは秋一の思い上がりだ。
生まれてこのかた、ひとりっこであることをいいことに随分、やりたい放題やらせてもらった。進学も、習い事も、将来の夢も。家族の愛情を惜しみなく注がれて育ってきた。どんなときも愛され、大切にされた自信がある。
だから、これは罪滅ぼしだ。
両親、祖父母の期待を裏切るわけにはいかない、なんて建前であることもわかっている。怖いのだ。親の庇護なしに生きていくことが。家族に反対されてまで貫ける愛ではないと自覚している。
どうせ、恋なんて一時の気の迷いですぐに忘れてしまうに違いない。
――瑞樹。
照れなしには呼べない想い人の名を、秋一は胸の内でそっと呼んだ。
実際に呼んだら、瑞樹はどんな顔をするだろう。
まず、ちょっと驚く。そして満面の笑みを浮かべて、「どうしたの」って優しく訊いてくるけど秋一は答えられなくて、瑞樹はそんな秋一を抱き締めてくれる――。