図書室の主 | ナノ

いつか本気で恋をする

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「いや」

 考え込んでいた朝陽がじわりと瞳に涙を溜める。

「あさひのパパは、おとうさんだけなの」

 そしてわあっと大声で泣き出した。
 やれやれと思いつつ暁は朝陽を抱きあげる。

「じゃあ、俺の子も朝陽だけだね」

 何度か背中を擦ってやるとすぐに泣き止む娘は、いつもならすぐに地上に戻りたいとせがむのだが今日はぎゅっと暁の肩を掴んで離さない。

「おとうさんは、あさひとはなれたい?」
「今のところは離れたくないね」
「あさひも、いまのところははなれたくないの」

 つんと澄まして言う様子は昔の暁にそっくりで苦笑しているとむっとした朝陽に頬を抓られた。

「おとうさんのばか」
「こら、馬鹿と言う方が馬鹿なんだよ」
「おがたのおじさまにいいつける」
「……そうかい」
「で、おじさまのところにいえでする」

 暁の腕から飛び降り、朝陽は自分のリュックサックに着替えや歯ブラシなどお泊りセットを手早く詰めていく。
 まあいっか。緒方に頼もうと携帯電話で高校時代のクラスメイトを呼びだすと彼はすぐに出た。

「こんばんは、緒方。朝陽とそっちに遊びに行っていい?」
「ああ。だけど、大丈夫か? 寝るのが遅くなるんじゃないのか? もう7時だぞ?」

 朝陽が生まれた直後から世話を手伝ってくれていた緒方の部屋には朝陽のための育児書が積み上がっていることも暁は知っている。
 愚直なまでの誠実さ。昔とまったく変わらない。

「朝陽が君に言いつけたいことがあるそうだ」
「ふーん」
「家出する気らしいけど、眠ったら連れて帰るから、お願い」
「わかったわかった。早く来い」

 暁や姉の真朝、緒方自身の恋人には冷たい緒方だが、朝陽にはなぜだか甘い。子ども好きとも思えないのだが。

「どうせならお前も泊まる用意してこい。今日は樋山もいるから」
「あ、ほんと? じゃあお邪魔しちゃおっかな。またあとで」

 通話を切り、準備を終えた朝陽が暁を睨んでいる。

「ほら、朝陽」

 しかし腕を広げ屈んで名を呼べばすぐに駆け寄ってくる。

「緒方が樋山と一緒に待ってるってさ」
「ひやまのおじさまも!?」

 朝陽の目が爛々と輝く。まったく見た目が良い奴は得だよねえと心の中で呟き、そわそわし始めた朝陽を下ろしてボストンバッグに自身のお泊りセットを詰め込む。

「あさひ、ひやまのおじさまのゼリーがたべたい」
「それは自分でお願いしなさい」

 戸締りと火の元、コンセントを確認、リュックサックを背負った朝陽とボストンバッグを両腕に抱えて、暁は鍵を掛けると駐車場へ続く階段をゆっくりと降りて行った。



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