図書室の主 | ナノ

Lost memory

しおり一覧

「ねえ、俺たちが知らないと思った?」
 葵が立ちあがり、恭介を見下ろす。
 すみれに責められているような錯覚に陥り、恭介は息を吐いた。
「お父さんが恭介に危害を加えていること、知らないと思ってるの? ねえ、恭介」
「葵くん」
 叱ろうとした恭介を彼が手のひらで押し留めた。
「俺も興味がある。聞きたい」
 一時彼を見つめていた葵は馬鹿馬鹿しいというように頭を振り、姉と弟をつれて階上に戻ってしまった。
「お前、本当に変わってないな」
「……今のどこを見てそう思ったのか不思議だよ」
「自分さえ我慢すればいいと思って、詰めが甘いから全部水泡に帰すこと」
「成長してないって?」
「まあ、そういうことだ。――で、どこまで本当なんだ」
「……たまに、だよ。本当にたまになんだ」
 今ここにいる彼に言っても仕方がないとわかっているから、気分は第三者に話すときと同じ、どこか他人事。
「一晩寝たら、みんな気分が落ちつくよ。ちょっとお風呂溜めてくる。きみはアルバムでも見てて」
「さっき見た」
「もう一回」
 彼にアルバムを手渡したが、風呂掃除を終えた恭介が彼の後ろ姿を見たときアルバムは閉じられたままだった。
 途中で部屋に寄り、恐らく記憶喪失の原因であろう見合い写真と釣書を持ってきた。
「ねえ緒方、これに見覚えは?」
「なんだそれ」
 きょとんとした様子の彼に頭を抱えたくなるのを堪え、恭介は引っ込めた。
「きみの部屋にあったもので怪しかったからね。勝手に持ってきたんだよ」
 彼の瞳が剣呑な光を宿す。
「何を隠している」
「隠してるのはきみだよ」
「誤魔化すな。お前が人のものを勝手に持ち出すはずがない」
 必要時の頭の回転は健在らしい。
「俺も随分信頼されてるね。――歳を取ると人は変わるんだよ」



*前次#
backMainTop
しおりを挟む
[13/18]

- ナノ -