図書室の主 | ナノ

Lost memory

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「別に、同居まで周囲にはわからないはずだ」
「緒方。父親としてのきみなら、絶対にそれは言わない」
 葵や茜、薫の視線を痛いほど頬に感じる。
 恭介は一呼吸挟むと、彼を真っ直ぐに見つめた。
「きみは、不器用だったよ相変わらず。だけど、葵くんたちのためにきみは細心の注意を払っていた。きみでなかったら、俺の影を完璧に隠すことはできなかった。――きみはすみれちゃんの分まで、どうやったら愛情を注げるのかずっと模索していたよ」
 たとえ、その精神的疲労が誤った形で恭介に向かったとしても。
「葵くんたちも、いい加減にしてください。真司がきみたちを愛していたことを、わかっているはずです」
「……恭ちゃんは私たちが嫌いなの?」
 僅かに目を潤ませた茜が恭介を見ることなくぼそりと吐き捨てた。
「なんでそんなことを言うんですか」
「私たちは、区切りとして恭ちゃんに見届けてほしい。お父さんがちゃんと育ててくれたことはわかってる。だけど、私たちはおじいさまやおばあさま、伯父さまたちだけじゃなく、恭ちゃんにも育ててもらったんだよ」
「あなたたちの成長なら、間近でいつも見ています」
「恭ちゃん……」
「私はすみれちゃんよりもずっと、幸せなんです。すみれちゃんは見守ってくれていると私は信じています。でも、傍で――ずっと傍できみたちの成長を真司と一緒に見守りたかったはず。私は、もう充分です」
 茜はわっと泣き出し、薫は唇を噛みしめ、ソファの上で膝を抱えた。
 葵は暗い瞳で恭介を見た。
「なんでお母さんに遠慮するの。先に死んじゃった人より、生きて育ててくれた人に見てほしいよ」
「葵くん」
 情けなさで目の前が霞む感覚に襲われる。
 彼女の死の真相を葵は知らない。
 葵を庇って亡くなった彼女のことを、葵は知らない。
 大人たちはみんな、口を噤んだのだ。
 葵の未来のために。
「信じなくてもいい。すみれちゃんは絶対、見守ってくれている」
「そんな子ども騙しなんか信じないよ」
「葵くんッ!」



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