図書室の主 | ナノ

Lost memory

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「うああああああああああああああああッ!」
「ええええええええええええええええええ!?」
 彼の悲鳴で廊下に飛び出すと、彼が手すりにしがみつき、葵と薫がそれを蹴落とそうとしていた。
「やめなさいッ!」
 3段跳びで駆け上がり怒鳴ると、ふたりは瞬時に彼から離れた。
「突き落せば元に戻ると思って」
 しれっと薫が言う。その隣では葵が真剣に頷いている。
 怒りで、何も考えられなくなった。
「頭を使いなさい! 命にかかわる怪我をしたらどうするんですか! あなたたちにはもう真司しかいないんですよ――ッ!」
 怒鳴りながら、ぼろぼろと涙が零れてきた。
 大人げないとわかっている。俺が一番、どっしり構えないといけないのに。
 葵も薫も、扉からこちらを心配そうに見ている茜も彼も、不安でないはずがないのだ。
 普段なら、こんな馬鹿なことしない。
 もっと早く抱き締めてやるべきだった。
「ごめん……。ごめん、恭介」
 おろおろと葵が恭介に手を伸ばすので、その体を彼に向けた。
「まず、真司に謝りなさい」
「お父さん、ごめんなさい……」
「……ごめんなさい」
 薫もぶすっとしながらだが謝った。
「いや、まあ俺は無事だったし……、うん、二度としなきゃいいんじゃないか」
 彼もしどろもどろになりながら、なんとか父親らしく結んだ。
「ほら、樋山」
「ん……」
 彼の首に腕を回し、その胸に顔を埋めた。
 ひどく懐かしい感触だった。
「ッ、ふ、うああああああああああああああああああああああ」
 泣かないと決めたあの日から、自分が我慢していたとは思わない。
 だけど、今だけ。すみれちゃん、ごめん。
 彼が記憶を失っている間だけでも甘えさせてよ。
 俺。
 壊れちゃうよ。



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