Lost memory
朝からカレーの準備をしていたから、カレー粉を放り込むだけだ。
子どもたちには夕食後に今日の結果を話すことにしている。
問題は誰が話すか、だ。
彼は我が子の存在に戸惑っていて、及び腰だ。かといって恭介も冷静に話せる自信がない。原因が恐らく自分であることに気づいてから、心が落ち着かない。
彼はいつも葵が座る席で頬杖をついて、絶えず恭介を追っている。
「お前、あいつらに敬語使ってんのか」
「うん。他人だからね」
「本当にお前、嫌な性格してるな」
「どうしたの」
「あいつらがお前を他人と思っているわけないだろうが。お前もそれを知ってて言ってる。腹が立つ」
「それ、葵くんにも言われたよ」
さらりと言うと、彼はわざとらしく溜め息を吐いた。
「お前、ナルシスト?」
「なんでそうなるかなー」
「あいつが一番、お前にそっくり」
「中身はきみに一番、似ているよ」
「だから好きなのか」
抗議の意味を込めて睨むと、彼は喉の奥で低く笑う。
やがて明るい茶色の瞳がすっと細くなり、彼は真顔で恭介に問う。
「お前、俺になにをしたんだ」
「え?」
「俺がお前を嫌いになるはずがない」
自信に溢れた真っ直ぐな彼の瞳に、恭介は僅かに息を呑んだ。
「もう、忘れたよ」
半分嘘。
でも、半分本当。
彼にも伝わったのだろう。
彼だって、いきなり子持ちになって精神的に参ってるはずなのに、大人らしいことをしてこなかった自分が恥ずかしい。
恭介は彼に背を向けた。
「2階の奥が子ども部屋だから、呼んできて」
彼が静かに席を立ち、階段を上っていく音がする。