図書室の主 | ナノ

Lost memory

しおり一覧

 高校1年生の1月か。
 その頃はあまり思い出したくないと恭介が溜め息を吐くと、彼は腕を組み天を仰いだ。
「わからないな。なんで俺は記憶を失くした」
「病院に行こう。脳梗塞の前兆だったら嫌だし」
「……嫌なことを言うなお前も」
「そういう歳なんだよ、きみも俺も」
 彼の分の普段着を出し、歯ブラシも気分的に嫌かもしれないので新しいものを用意してやる。
 あとは出かけるだけとなったがまだ病院が開いていない。
 紅茶を淹れてやると、彼が小さく礼を言って口をつけた。
「今、どんなふうになってるんだ」
「んー……。きみが聞きたいことから答えるよ。質問して」
「俺の両親」
「ご健在だよ」
「お前の両親」
「元気だ」
「それはよかった。あの子たちの母親は誰だ」
「……きみの奥さんのことだね。すみれ。ひらがなだよ。亡くなってもうすぐ11年経つ」
「そうか。よかった。面倒なことにならずに済む」
 すみれのことを知らないからそんなひどいことを言えるのだ。
 もしかしたら彼はすぐに記憶を取り戻すかもしれない。でも言わなきゃ。
「俺の従妹だ。大切な、従妹だ。きみが伴侶に選んだ人。――いなくてよかっただなんて言わないで」
「……そう、か」
 彼がはっとしたように瞳を伏せた。
 恭介も自身の表情が険しくなっているのを感じた。
「そう」
「悪かった」
「……ん」
「どんな人だった」
「すみれちゃん?」
「ああ」
「優しい子だった。賢くて教養もあってヴィオラが上手。身内だからだと笑われてもいい。きみにはもったいない人だった」
「中高での俺たちの関係を知っていたのか」



*前次#
backMainTop
しおりを挟む
[4/18]

- ナノ -