図書室の主 | ナノ

Lost memory

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 この方向性を間違った潔さをなんとかしなくては。
「ねえ、ちょっとふざけるのはおしまい。仕事遅れるよ」
 仕事という単語に反応した彼が飛び起きた拍子に恭介と頭がぶつかった。
「ッ……!」
「なんでそこにいるんだ!」
「きみが二度寝しようとするからでしょう! ほら、もう時間が……。時間ッ!?」
 壁掛け時計は遅刻ギリギリを示している。
「葵くん、茜ちゃん、っととととと薫くんも! 弁当持った!?」
「だいじょーぶ」
 制服に着替えた薫がどうでもよさそうに答える。
 葵は姿を現さないので、まだ怯えているのだろう。
「じゃ、行ってきまーす」
「ん、戸締りよろしくー」
 茜が扉の影から顔だけひょっこり出して言うので手を振り、彼に向き直った。
「きみ、俺が誰だかわかる?」
「さっき樋山だと言っただろう」
「……本当に忘れちゃったの?」
「何を」
 酷かと思ったが彼を洗面台の前につれていくとさすがにぎょっとしていた。
 恭介が原稿を書いて、仕事を休む電話を掛けさせ朝食を並べる。
「きみ、自分を何歳だと思ってる?」
「16歳。1月だ。――それにしても、さっきのお前に似た人は樋山じゃなかったのか」
「血縁関係はあるけどね」
「お前の子か!?」
「違うよ……」
 そうか。樋山と呼ばれていた。違和感の正体はそれだ。懐かしい。
 衝撃を受けたらしい彼は口元を手で覆っていた。こんな女々しい仕草をしていただろうかと内心首を傾げつつ、そっとその音を唇にのせる。
「緒方」
 久し振りに名字を呼ぶと、自然と恭介の頬が緩んだ。
「きみの子だよ、緒方。今きみは38歳。子どもが3人いる」
「子持ち……」
「そう。今、何年生?」
「高1」



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