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「……梓紗ちゃん」
「恭介、付き合って」
「順番が逆だよ」
 梓紗と再会したときから、どこかで予感していた。
 環境が潮時だと告げているのだ。
 彼の見合い話。
 梓紗との再会。
 彼に見合いを勧める前に、恭介自身が彼らの手を離さなくてはならない。
 不安そうな表情をしている彼女の髪にそっと触れるとふるりと怯えるように身震いをした。
「無職で不甲斐ない男でよければ、喜んで」
「恭介……! ありがとう、大切にするからッ!」
「それはどうもありがとう」
 付き合うだけだ。付き合うだけ。
 こんな男、梓紗が本気で相手にするわけがない。
 だけど、梓紗と付き合うならば緒方家を離れるいいきっかけになる。

*****

 夕食の片付けをしていると彼が恭介に口づけようとしたので、拒んだ。
「恭介?」
「俺、好きな人ができたから付き合うことにしたんだ。別れない限り、きみと体を重ねることはもうない」
 彼は無表情だった。
「そうだな。元々、付き合ったわけではないからな」
 あっさりと彼は引き下がる。
「すみれさんの代わりとして性欲処理に使っただけだ」
 自嘲めいた笑みに、恭介の胸の奥がつきんと痛んだ。
「お前が拒まなかったことを言い訳にする気はない」
 彼が恭介に背を向け、階段を上っていく。
「真司……」
 泣かない。絶対に泣かない。自分で決めたんだ、ここで泣くのは卑怯だ。
「恭介?」
 葵が心配そうに覗きこんできたので、恭介はふわりと笑った。
「はい。どうかしましたか、葵くん」



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