図書室の主 | ナノ

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 恭介を切り捨てて、すみれの傍で笑う彼に殺意が湧かなかったと言えば嘘になる。
 それでも彼には幸せでいてほしかったし、すみれを不幸にするような真似をしたら容赦しないつもりだった。
 すみれの幸せを第一に、彼の幸せも願っていたのに。ふたりが結婚したとき、恭介はちらりと考えた。もし彼に何かあったとき、自分はざまあみろと思うに違いないと。
 しかし実際に彼女の亡くなった日、足元から崩れ落ちていくような感覚に襲われた。
 こんな結末を望んだわけではないと、すみれには幸せになってほしかったのだと、自分以外の誰もに訴えたくて仕方がなかった。
 本当は、自分自身に訴えたかったのかもしれない。
 自分の怨念がすみれを殺したのかと思うと、耐えられなかった。
 そんなことはないと、すみれと恭介の仲を知る者ならば誰もが慰めてくれるだろう。だからこそ、誰にも言えなかった。
 ひとり胸の内に秘めていると、夢に彼が現れる。
「お前がすみれさんを殺したんだろう」
 ひどいよ、真司。
 もし俺が手に掛けるならばきみだ。きみが憎くて仕方がないよ。俺のもとから去り、すみれちゃんまで奪っていくなんてあんまりだ。
 夢の中でも首を絞められていく感覚に恭介はひっそりと笑う。
 彼の気持ちが向くことは嬉しい。だけど、もしこのまま息絶えても、幸せだなんて言えない。


「瑞樹、どこにいると思う?」
 梓紗の声で我に返った。
 病院で再会して以来、梓紗とは週に1回会っている。瑞樹は出奔してから実家に帰ることはなく、家でも瑞樹の話題は禁忌らしい。
 瑞樹のことを知る人と少しでも話をしたいのだ、と梓紗は寂しそうに笑った。
 ふと、恭介は自分の両親のことを思った。彼の家に住むようになって、仕事も辞めて、両親とはとっくに縁が切れている。元々、ホストの職に就いたときも両親はいい顔をしなかった。
 時折、車を実家の近くに走らせ母の姿を遠目に見る。話したいとは思えなかった。
「ねえ、恭介」
 梓紗の腕が自身の首に回る。まずいと思ったときには互いの距離はゼロ。
 おむつを換えた子にキスされるなんて、なんだか後ろめたいなあとか瑞樹にばれたらしばらく口をきいてもらえないなあとかどうでもいいことを考えて、ここが喫茶店だったことを思い出す。



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