図書室の主 | ナノ

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 言いながら、胸が痛んだ。
 すみれちゃんがいたら。
 彼はこんなに戸惑わなかったかもしれない。妻と子、普通の家庭。
 中学時代の同級生が自分の家に入り浸っているなんて異常だ。
「じゃ、きみもご飯食べて歯磨きして着替えてね。俺はさっき葵くんたちと食べたから。8時には家を出たいな」
 くるりと彼に背を向けようとしたら腕を掴まれた。
「お前、何か隠してる?」
「心当たりがありすぎるね。もっとピンポイントで攻めてよ」
「はッ。しかし、お前を見下ろせるというのはいいものだな」
「……高1のときに追い越されちゃったからね」
 わざと拗ねたように恭介が言うと、彼は澄んだ笑みを浮かべた。

*****

 薫が生まれてすぐだった。
 すみれは葵、茜を連れて、薫はベビーカーに乗せて近所の公園まで遊びに行った。入院中はあまり構ってもらえなかった上の子たちは、久々に母親の愛情を受けて興奮していた。
 目撃者に聞いた。
 道路に転がり出た他の子のボールを、葵は拾ってあげようとしたのだという。
 迫るトラックにも気づかない葵を庇い、すみれは死んだ。
 その瞬間を茜、葵は見ていないが、母親が急にいなくなったショックからかその前後の記憶がない。

*****

「茜、葵、薫」
「そ。帰ったら抱き締めてあげてね」
 普段の彼は恥ずかしがってそんなことはしないけど、たまにはいいだろうと運転しながら恭介はなんでもないことのように言った。ただでさえ二日連続で3姉弟は気が立っている。
「名前って彼女が決めたのか?」
「いや。きみが決めたよ。すみれさんの子だからって。辞書を何度も引いていたね。懐かしいよ」
 実際には、すみれから聞いたのだ。あの時期はつらくて彼の傍には寄ることができなかった。



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