図書室の主 | ナノ

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 まずい。彼と会わないように見張っていなくてはならなかったのに。
「ッ!」
「あ、お父さん。おはようございます」
 トイレの前で親が子を凝視していた。
 葵はまだ彼の異変に気がついていないようで、そのままトイレに入ってしまった。
「あの、真司、じゃなかった、緒方」
「無理しなくていい」
 彼は目を細めた。
「呼びたいように、呼べばいい」
 気遣ってくれているのだとわかり、恭介は思わず微笑んだ。
「ありがとう、緒方。だけど今のきみを下の名前では呼べないよ」
 彼はふいとトイレの扉を見つめた。
「お前、子持ちだったんだな」
「えーっと……」
 またここから始まるのかと頭を抱え怜司の部屋を振り返るが扉は固く閉じられている。
「俺の従妹の子なんだ」
「どういうことだ? なんでお前の従妹の子がここにいる」
「えー、あー……。きみの子でもあるんだ」
 おばさま、先輩、ごめんなさい。
 彼は左手の上に右肘を置き考え込んでいる。
「事実を言え」
「俺の従妹ときみが結婚して子どもが生まれたんだ。3人」
「……なんでそんな面倒臭いことになってるんだ」
「俺も時々、そう思うよ」
 若干呆れた様子の彼が軽く頭を振っている間に、再び恭介はキッチンに行く。
「あの、おばさま……」
「いいのいいの、ちゃんと聞こえてるわ。あの子、あまり動揺してないのね」
 後ろ姿にそっと呼びかけるとおばさまはほっとしたように笑っていた。
「でも、葵たちが不安がるかもしれないのよね……」
 そうなのだ。昨夜、ごちゃごちゃ言いつつ彼の記憶が戻ったことを喜んでいた子どもたちはがっかりするどころでは済まないだろう。
「シンと話してくる。樋山くん、代わってちょうだい」
「はい」
 おじさまの部屋に向かうおばさまの背を見送り、茜を起こしていないことに気がついた。



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