Last concert
バイオリン、ヴィオラ、ピアノというマイナーなアンサンブルのために、すみれの兄が、すみれと恭介のために書き下ろしたもの。
すみれと恭介の小学校卒業を祝って、書いた、よく演奏した――3人だけの曲だ。今は恭介以外知るものはなく、恭介自身も譜面は失くしてしまった。
心をこめて作曲されたものや演奏されたものは、その場面や思い出を想起させるらしい。
恭介はそれを信じていなかった。
まやかしだ。そう思っているだけだと、鼻で嗤っていた。
実際、今でもそう思う。
3人にこれを授けたに違いないすみれの兄、紅葉と、演奏する幼き日の自分が脳裏に蘇る。ありえない。だって、映像で3人が演奏しているものは見たことがないから。
なのに、脳が見たことのない映像を恭介に魅せる。
まやかし。
「……ありがとう」
聴き終えた彼は無言だったが感慨深そうな顔をしていた。
恭介はたった一言だけ、絞り出した。
なんで、茜たちがこれを知っているのか。
そんなことどうでもいい、とは思えなかった。
混乱している恭介へ、葵が歩み寄ってくる。
「小学校の音楽の先生が、くれたんだ。俺が、アンサンブルを探してるって言ったから。いろんな人に聞いて、やっと見つかったって。作曲者不明で――恭介?」
恭介は、つらすぎて声が出なくなるときがあることを知った。
葵の通う学園の小中高の音楽教師は、すみれの兄の親友だ。
何食わぬ顔をして、渡したに違いない。
恭介が聴くことを予想して。
「葵くん、茜ちゃん、薫くん。ありがとうございます」
3人がほっとしたように微笑みあった。真司も頷いている。
懐かしい曲に、心が悲鳴を上げた。
「もう、お風呂に入ってください。それこそ、明日は早いですから」
「あのさー、恭介」
「なんでしょう、葵くん」
「今日は5人で雑魚寝したい」
彼が困ったように恭介を見たが、恭介はなんとが笑顔を取り繕った。
「ええ。じゃあ、奥の部屋にしましょうか。その間にお風呂に入ってくださいね。準備手伝ってよ、真司」