本編
秋一が失踪して三カ月。
街を回るのにも疲れてきていたから、家の扉の前に佇む人影が希望の見せる幻覚だと思ってしまった。
「待っててくれるんだろう」
なのに秋一は腕組みをしてふんぞり返っていて、消えてしまうんじゃないかと触れた肩はいつもどおりがっしりしていた。
「今日がカニ玉で明日がニラ玉、焼肉、お好み焼き」
ああ、ならまた買い物に行かなくちゃ。
怒る気はしなかった。
「もう、いきなりいなくなったりしないでね」
家に秋一を放り込み、お茶を淹れて一息ついて、秋一に掛ける言葉はいろいろ思い浮かんだけれど無意識に口を突いたのは少し恨みがましい言葉だった。
「約束はできない」
「お家の人とか、君の友達とか、もちろん俺も心配していたんだよ」
「だからどうした」
冷めた目に怯みそうになるが、でも、秋一の欲している何かまであと少しだと自らを励まし彼を見据える。
「なんで最後が俺だった」
「想いが欲しかった。でも得られない。得られないのなら意味がない。なら最初から求めなければいい。区切りをつけようと思った」
意識的に感情を削ぎ落とした秋一と静かに怒りが湧いてきた岸本の視線が交錯する。どちらも逸らさない。
「同窓会にも行かない。未練が募るのは嫌だ。だからこれが最後と決めて会いに行こうと思ったが、最初で最後でいいから」
ふっと躊躇うように彼の目が伏せられた。
聞きたいような、聞きたくないような。
『岸本に会いたくなったから』
あのとき秋一は確かにそう言った。
「岸本の料理が食いたくなった」
ぽつりと落とされた言葉は波紋を広げ、やがて沈んでいった。
一年前、一人暮らしをすると決めた岸本に、ちゃんと自炊している証明として写メを送ることを義務付けたのは秋一だ。
秋一は律義に感想を返してきた。
見た目が悪い、とか、栄養バランスが悪い、とか、酷評ばかりだったが一人暮らしで寂しかった岸本は随分励まされていた。